飛蚊症の急な悪化で、レーザー手術になった話

目の前に黒いものが飛んでいる。眼球を動かすとその黒い物体も同じ方向に動く。

私は、いわゆる「飛蚊症」持ちで、すでに長い付き合いで、特に春先は本物の虫が飛んでいるのか、はたまた私にしか見えていないものなのか、しばし観察して判断することがときたまあるものの、慣れたものだった。

まさか、急激に悪化するとは、予想だにしていなかった。

 

とくに前触れは無かった。自宅でパソコン仕事を終えて、日が沈みかける時分、いつもより見えづらいことに気づいた。物理的に目をぶつけたとか、目をガシガシこすったとか、激しい運動をしたわけでもない。視界ぜんたいが黄砂のなかにいるような細かい黒い粒子に覆われていて、その中に、ふわふわ漂う糸状のものや煙のようなものがそこかしこに散らばっている。

今までとは比較にならないほどの見えにくさ。なんなら、苛立たしさも感じるほどの。

 

急に視界が悪くなった場合は緊急性が高い要因が潜んでいるらしく、とにかく早く診療すべきだろうと、掛かりつけの診療時間を確認するもすでに時間外。パソコンで夜間診療病院を検索してみたものの、自治体のホームページでは「眼科の夜間診療」は見つけられず、心情的にこの状況が受け入れがたくて早めに就寝することにした。

「寝たら、治るんじゃね?」

頭が痛いとかお腹が痛いときは、それで翌朝には痛みが治まっていたことはあるけれど、過去において飛蚊症が改善されたことは無く、今回も、朝が来ても、黄砂のような粉塵の中のような視界に変わりなかった。むしろ朝のまぶしい光とのコントラストに、げんなりする。

 

掛かりつけの病院に電話をして、状況を説明したところ、やはり急ぎで検査を受けた方が良いとのことで、急遽、向かった。

視力や眼底などのいつもの検査の結果、さらに精密に調べたいと瞳孔を開く目薬を差してもらう。診察で瞳孔が開いた眼に強い光を当てて診てもらったところ、出血と網膜に穴が開いていることを告げられた。しかも、この穴を放置するとベロンと剥がれて、いわゆる「網膜剥離」で失明しかねないから、すぐにレーザー手術を勧められた。すぐ、というのは本当に今すぐのことで、「準備ができたら始めます」と、手術の価格表を見せられて、同意書を書いて、「準備ができるまで待合室にいてください」と、目まぐるしい展開で話が進んだ。

心の準備はできないまま、クレジットカードが使える病院で良かったとそこには安堵した。正直いって、そこまで現金の持ち合わせは無かった。ふだんから何万円も財布に入れてるわけない。せいぜい1万円が入っているかどうかくらいなものだ。家に帰ったあと、領収書の明細を見たら、10割で10万円オーバーだった。保険で3割負担分が後日引落しされる。皆保険制度はありがたいとしみじみ思う。10割負担だったら生活できないよ。3割負担だって、薄給の身にはキビシイというのに。とはいえ、手術を断るという選択肢はありえない。ここでケチって全盲に甘んじることは絶対にない。絶対だ。

今回の「網膜の穴の周りをレーザーで照射して圧着してそれ以上剥がれないようにする手術」は、眼球に点眼麻酔をして、眼底を測るのと同じように座ってあごをのせるスタイルでほんの数分で終わるもので、比較的「かんたん」な手術の部類に入るとは思う。実際、痛みはあまりなかった。けど。苦痛を感じた。

「・・・ちょっと、辛いです」と弱音を吐いて2回も中断させてしまった。

病院は激混みで先生はとても多忙なのもわかっていて、痛みも少ないというのに。

何が辛かったのか。

診察室で観察されるときも、手術のときも、患部を見るのに開いた瞳孔に強い光を照射されるのが、まさに光の暴力で、身体が無意識に逃げてしまう。意志を強くもって臨んだつもりでもダメで、頭を看護師さんの手でがっしりと固定されて何とかしてもらった感じ。とくに手術では、レーザーが照射されるたびに目の奥に光と熱を感じて身体がこわばる。私自身は、ずいぶん我慢したつもりだったけど、しんどくて「辛いです」とギブアップ宣言。「もう少し我慢できる?」となだめてもらってもどうにも無理で、2回目のギブのあと、もう少し頑張ろうと自分を奮い立たせたタイミングで「だいたいできたからいいか」みたいなことを言われて手術は終わった。もう少し頑張れますとは言い出せなかった。

放心状態の私に「いくらでもティッシュを使っていいからね。落ち着くまでそこにいて良いから(落ち着いたら待合室にいてね)」と看護師さん。

だいたいできた、という医師の発言は、その通りだったかは自信が無い。言われたことをそういう風に私は解釈した。おそらく根をあげなければ、もっと念入りに照射してくれるはずだったんだと思う。

そして、この手術は、網膜剥離に進行するのを防ぐ手術であって、常に粉塵の中にいるようなクソな視界はまったく変わりがないのであった。飛蚊症を軽減するための手術では無いのだ。

つまり、これからは一生粉塵の中にいることになる。ディスプレイに映る映像も書類や本の中の文字も、目の前の風景もすべて粉塵のようなフィルター越しに見ている。とにかく見えづらいしイライラもする。でも、この視界が現時点で最良の視界だ。まったく見えなくなるよりも遥かにマシだと自分を納得させるしかない。

 

ちなみに、手術で網膜の穴をふさぐも、次から次へと穴が開いてそのたびに手術することになる人もいるらしい。手術費をさておいても、あの手術をまた受けるのはご免こうむりたい。願わくば、そうならないことを祈るばかりだ。